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1994年


赤城おろし
寒風に巻き上げられる大地
金山を仰ぎ見ながら
大地の響きに耳をかたむけ
荒おこしをする

渡良瀬の遠き川より
千年にわたる血と汗の
大地をうるおし
生命を育てる水を
みちびき
コメをつくってきた

ツバメがとびかい
雷鳴がとどろき
洪水にみまわれ
榛名山、浅間山の
火山灰とたたかい
大地を育ててきた


コメは生命
コメをつくる
大地と
水
われら新田の一族とその子孫たちが
千年にわたって育ててきた
この大地を
いま
荒廃させてなるものか



お雛様 久しぶりの大雪です。厚い雲の綿ぼうしをすっぽりとかぶ
った家々のやねの向こうに、秩父連山がよくみえます。春の
まちどうしい今日このごろです。妻はこの頃になると、春が
待ちきれないといったように、長女が生まれた時、実家の母
から贈られた、今では珍しくなった御殿のついたお雛様を出
して組み立てます。「早くお雛様を出してあげないと娘がな
かなかお嫁に行ってくれないもんね」。その娘は2年間で英
語の教師をやめ、オーストラリアに半年という約束で英語の
勉強に行ったのだけど、もう3年にもなるというのに帰って
きません。「お母さんがお前のトシには、もうお前が保育園
に行っていたんだよ。早く帰ってきて結婚しておくれ」と、
よく国際電話をかけているようだけど、「30歳になるまで
は、やることがあるので帰りません」といっているようです。
世はまさに「バレンタインデー」でおおさわぎしている真っ
最中ですのに。
「平成のコメ騒動」。天明の大飢餓以来といわれた昨年の大
凶作で200万トンのコメ不足。ところが減反で備蓄がわず
か20万トンしかないため、政府は190万トンの緊急輸入
しました。飽食の時代といわれているのに、まさか行列をつ
くってコメを買わなければならないとは。どうしてこうなっ
たのか。アメリカなどの要求に屈して農産物の購入自由化を
拡大し、食糧自給率をとどめなく引き下げた政策。農家がコ
メを作りたくても作らせない減反政策。食糧管理費を大削減


してコメ備蓄をおこたった政策。これらの政策を改めないか
ぎりのコメ不足は何度でも起こるでしょう。自民党農政をそ
のまま受け継いだ細川連立内閣の責任は重大です。総理府の
「社会意識調査」によっても「景気」「雇用」「食糧」など、
日本は悪い方向にむかっていると答えた人が過去最高の45
・4%を記録したと発表した。社会不安をつくった細川連立
政権の責任は重いといわねばならない。

生田万「惣髪という頭にて眉もうすく鼻すじ通り面長く色黒く、か
たに包みを負けたるもののふなり。身の丈は予にひとしく大
きやかなる男、神世の学をむねとし平田篤胤ぬしの学び子」
。渡辺崋山が「毛武遊記」のなかで、中山道の志村のはずれ
での「生田万」との出会いについて記しているところです。
彼は館林藩士の子としてうまれ、27歳の時「岩にむす苔」
という藩政改革のための建白書を提出したがいれられず追放
処分を受けました。太田には天保2年から7年まで5年間、
今の浜町に住み、大高院の門前に「厚載館」という私塾を開
き、読み書きから国学、歌道、病気をなおすことまでやりま
した。天保7年、新潟の柏崎に移住したころ、飢謹から米騒
動がおこり、全国にひらがっていきました。彼は米価の引き
下げと、米の実施を要求したが受け入れられず、仲間と一緒
に陣屋を襲撃したが敗れ、非業な死をとげました。世はまさ
に「平成の米騒動」。彼について学ぶ必要がありそうです。



子どもの権利条約 子どもの最善の利益のため、その保護にとどまらず、自分
にかかわるすべての問題について意見を表明する権利、必要
な医療、保健をすべての子どもに提供する。学校の規則は子
どもの人間としての尊厳に合致すること難産の末、ようやく
先の国会で「子どもの権利条約」が全会一致で承認されまし
た。でもこれは運動の出発点です。条約自身が求めている福
祉、保育、学校、地域、家庭、文化、司法など、あらゆる分
野で一人ひとりの子どもの権利が保護されるよう政府はじめ、
各省庁がその義務を課せられたことになります。条約の理念
にそぐわない国内法の見直しや施策の転換が求められるのは
当然でしょう。特に、保健所半減や私学助成削減、保育制度
の改悪、学習指導要領の問題、高則問題など解決しなければ
ならない問題はたくさんあります。日本政府に世界の流れに
そった実効ある対応をとらせるため、ひきつづき運動を広め
ていく必要があります。

芒種 牡丹の花は華やかでうつくしいが、短い生命で、盛をすぎ
て散りはじめると惨めである。唐笠をわざわざ高崎の観音様
のみやげ物屋まで買いに行って来て、牡丹の花にさしかけて、
一日でもながもちさせようと努力してみても、はかなさを感
じてしまう。牡丹、シャクナゲと咲いてくると、もういろん
な花々が咲き出してくる。そして花菖蒲やアジサイが咲き出
すといよいよツユ入りです。暦の上では6月6日が「芒種」
、6月11日が入梅である。実際のツユ入りは6月9日であ


ったから今年は平年なみである。芒種とは、(ノゲのある穀
物を播く時期)のことを言い、「芒」という字は「ボウ」と
読み「ノゲ」という意味である。「ノゲ」ないしは「ノギ」
とは、イネ科の植物の花の外殻にある針のような突起のこと
をいうのである。自然の摂理に従って生きてきた人間はこれ
からも自然に対して、「畏敬の念」をもち、謙虚の気持ちを
わすれてはならない。

蘇鉄の花 我が家の庭の蘇鉄の樹に花が咲いた。直径15センチ、長
さ60センチもある巨大な黄色の花である。高校の生物の先
生の話では、太田市或で3,4例あるそうで、雄花というこ
とですが、百科事典によると開花、結実するのは静岡以南と
いうことです。同事典によると、ソテツは雌雄で株が異り、
夏にそれぞれ雌花、雄花をつけ、裸子植物にに属するが、精
虫をつくって生殖する性質はシダ植物に近く、ソテツシダ類
と共に松や杉などの一般の裸子植物とシダ植物との系統関係
を結びつけるものと考えられています。ソテツの精虫は18
96年、池野成一郎によって発見され、中年代ジュラ記にも
っとも繁栄した植物で、現生するソテツ属には約15種類あ
って、熱帯アジア、アフリカ、オーストラリア、ポリネシア
に分布するが、日本に分布するのはソテツ1種類だけだそう
です。この百科事典は30年前に発行されたもので、地球は
確実に温暖化の傾向にあるようです。



8月15日



不公平税制 村山内閣は公約違反の消費税率引き上げを盛り込んで法律
を国会に提出しました。消費税のかかる問題はたくさんあり
ますが、最も重要な問題は税制の原則を破壊し民主主義を危
うくするものだという点です。本来税制にはまもるべき二つ
の原則があります。一つは生計費非課税の原則であり、もう
一つは所得の低い層には税負担を軽くして所得が多くなるに
従って重くしていく、つまり社会的公平を貫く累推課税制の
原則です。食料品をはじめ生活必需品にも課税し、貧富の格
差を拡大する消費税は、この二つの民主的原則と根本的に相
いれないものであり、消費税引き上げはこの原則をいっそう
破壊するものです。日本の勤労者は税金を自分で申告して税
務署に収めることが出来ません。その結果として税に対する
関心は低くなり税への無関心は政府への無関心につながって
いきます。税負担の民主的原則からいって、消費税は廃止す
ることに正当性があるようです。



地蔵様 高林十字路より200㍍程西の消防車の格納庫があり、そ
の裏側に地蔵様がいます。その台座をみると正面に「中館林
道」、右横には「南古戸道」、左横には「北太田宿」と刻ん
であります。「道しるべ」でもあったんです。宝永3年(1
706年)につくられた地蔵様は古老の話によると、はじめ
は八瀬川の所にあり、安永5年(1747年)に書かれた高
山彦九郎の江戸旅行日記に「高林村のうち福島とて家二三軒
の所有り、次に本郷と称する所の人家を経て少し下りて土橋
を渡る、右は寄木戸古戸道左り館林海道を行く……」とある
が、その時この地蔵様は土橋を渡った所にいたことになり、
彦九郎はこの道を通って古河を経て江戸へ向かったことにな
ります。その後、地蔵様は今はない少し東の墓地の入口の所
に移り、戦後米軍の戦車や車輪を通すためということで、区
画整理が行われ、道路が拡幅され一本道になり「道しるべ」
の役割も終わり現在の所へ移された。

第1回普通選挙用ビラ 私の机の上に古ぼけてシミのある、わりといい紙に印刷さ
れた1枚のビラがあります。友人にもらい受けたこのビラは、
利根郡川場村のその友人の家の土藏にしまわれてあったもの
だそうです。昭和3年(1928年)2月20日に行われた
第1回の普通選挙(男性のみ)に新田郡強戸村から「県下無
産4党の推薦」で立候補した「須永功」の有権者にむけての
選挙用のビラです。何故このビラが遠くはなれた川場村にあ
ったかというと、当時の群馬県選挙区割りは二つになってい


て、1区は(定員5人)前橋市、桐生市、勢多郡、利根郡、
佐波郡、新田郡、山田群、邑楽郡となっており、おなじ選挙
区だったわけです。このビラ今の私が読んでも共感をおぼえ
るいいものだと思いますが、その政策のなかに「生活の必需
品の消費税及び関税の撤廃」という項目があります。当時、
消費税が実施されていたようですが、当時でも、問題になっ
ていた税金であったことがわかります。
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