トップページへ 前ページに戻る



2010年
請願権 太田市議会の11月臨時会、12月定例会を報じた2月1
日付けの広報「おおた」を読みました。
 市民から出された9件の請願がありました。そのうち、4
件が採択、5件が不採択とうことでした。
「不採択」になった5件の内容は、「後期高齢者医療制度の
廃止」「安心してくらせる最低補償年金の創設」「国の保育、
子育て支援予算の増額」「社会的セーフティネットの拡充」
「核兵器の廃絶」など、広報を読んだかぎりですが、どれも
採択しておかしくないものではないでしょうか。
 広報にも「請願は、憲法に保障されているもので、市民の
みなさんが市政などについての意見や要望を市議会に直接提
出することができるものです」と書かれています。
 社会常識に照らしても、おかしくない内容であれば、でき
るだけ採択していくという態度が求められているのではない
でしょうか。市民の請願権をもっと大切にしてもらいたいと
いう感想を持ちました。

聞く耳「民報」編集委員会は毎月1回やっています。6月2日に、
編集委員会を事務所でやっていたら、「鳩山首相辞任」のニ
ュースが飛び込んできました。
 相次ぐ公約破りで国民の怒りと不信が渦巻き、内閣支持率
が1割台に低落したんだもの〝当然だね?
「国民のみなさんが私の主張に聞く耳をもたなくなってしま


った」という首相の発言には、〝おそれいったね、聞く耳を
もたなかったのは鳩山政権の方だよね?。
 沖縄・米普天間基地問題で「国外・県外」の公約を踏みに
じり、名護市辺野古に新基地を押し付け、徳之島や本土にも
訓練を分散する方針を決めたのは、国民への裏切りですよね。
 それに「政治とカネ」の問題では、鳩山首相と小沢幹事長
が辞めれば済むという問題ではない。責任は自らの疑惑解明
の責任を果たしてこなかった鳩山氏や小沢氏だけでなく、党
として、調査もせず、自浄能力を発揮してこなかった民主党
全体が問われているね。
 アメリカと財界にものが言えない政治が、国民を裏切って
きた背景にある。沖縄普天間基地問題ではアメリカに行って
「解決方法は基地の無条件撤退しかない」事を伝え、トヨタ
やいすゞや財界にモニを言ってきたのは日本共産党ですよね。
この政党が伸びてこそ、日本の政治の展望ある明日が開かれ
るのではないでしょうか。

閉塞状況 昨年より約20日遅れて、やっと大根の種をまくことがで
きました。他の仕事が忙しかったからではなく、天候上の理
由です。彼岸だというのに、まだ残暑が続いている今夏です。
暑いといえば、蘇鉄の樹の先端から淡黄色の松かさ状の雄花
がニョキニョキ伸びて、50センチメートルほどになりまし
た。ここら辺では咲かないはずなのに、温暖化のせいでしょ
うか。


 今夏は8月の平均気温がほぼ全国で戦後最高を記録する猛
暑の結果、梅雨明け以降の熱中症が原因とみられる死者は約
500人になり、高齢者が多くの割合を占めているようです。
特に、貧困世帯の高齢者が犠牲になっている現実は格差と貧
困の広がりの深刻さを感じます。近年、熱中症による死亡者
は年平均33人でした。
 高齢者の熱中症による死亡者だけでなく、生きているのか、
死んでいるのかもわからなくなっている問題。孤独死やこの
国の底知れぬ貧困の現実。子どもに対する暴力、育児放棄、
若者の働きたくとも仕事のない現実、どうしようもない閉塞
状況をどう打開していけばいいのか。
「太田民報さんですか、貴紙に投稿したいのですが、よろし
いでしょうか」という突然の電話です。「はい、大歓迎しま
すよ、ファックスで送信していただければいいですから、後
ほど編集委員会で相談しておきます。ありがとうございまし
た」。読者の投稿の電話を直接受けて、こんな嬉しい体験は
はじめてでした。
 



2011年
家庭菜園「啓蟄(けいちつ)」冬ごもりの虫がはい出る、ということ。
24節気の一つ。陰暦2月の節、太陽暦の3月6日前後(広
辞苑)。「夏暑いとその年の冬は寒い」ということを聞いた
ことがあります。今年の冬は寒かったけれど、やっと春が近
づいてきた気配を感じるようになりました。
 はやい人はもう「じゃがいも」を植えた人もいるようです
が、家庭菜園をやっている人は、何でも、年々、種を播いた
り、植えたりする時期が早くなっているようです。温暖化の
ためばかりではなく、周りの人が植えたから、うちも植えな
ければといった心理も働くようです。
 日本の食料自給率を13%にまで低下させる「環太平洋連
携協定(TPP)」参加に反対する運動が広がるなか、主婦
連も参加に反対する意見表明をしました。「日本の農業に深
刻な打撃を与え、食料自給率を急速に低下させ、食卓に直結
する、とても重大な問題」としています。
「家庭菜園」づくりがこれほどの高まりを見せている背景に
は、食の安全と、食の自給率低下に危機感をおぼえているか
らにほかなりません。(3月6日記)

放射能汚染 東日本大震災から5カ月がたちました。震災の復旧、復興
は遅々として進まず、福島県第一原発の放射能汚染はひろが
る一方です。汚染された稲ワラを食べた牛肉への汚染、これ
から収穫がはじまる米から放射能が検出されたら、一体どう


なってしまうのか心配です。
 今度の震災は、地震、津波、液状化、放射能汚染と言う四
重の災害を起こしました。太田でも、家屋や塀、野菜、肉牛
などの被害がありました。
 液状化の被害はなさそうですが、過去の遺跡の調査では、
断層や砂の噴出現象が発掘されています。
 明治13年から19年までの短期間に、陸軍参謀本部によ
って測量がおこなわれた「二万分の一迅速測図」という地形
図があります。日本で初めての広域測量地図で、現在、国交
省国土地理院に保管されています。近年改修に着手される以
前の、沖積低地上の自然堤防などの微高地、湖沼、沼沢地の
状況や蛇行を繰り返していた河川など、これらを現代の地形
と比較すれば、かつての河道や低湿地が住宅地となっている
などの場合、地震の際の液状化や地盤沈下のおそれを指摘で
きるなど、その利用価値は大きいと言えます。
 原爆投下から66年がたった今年、全国網の目の「平和行
進」も太田を経由して埼玉に引き継がれました。そして、原
水爆禁止世界大会が開催され、核兵器も原発も放射線被害者
を生み、恐ろしい「死の灰」をふりまいているという共通点
が指摘され、原発依存からの脱却と自然エネルギーへの転換
を求めています。



2012年
太田民報 太田民報の第271号から第339号まで、6年間にわた
り「川柳」を投稿して下さった深代さんが逝去されました。
謹んでご冥福をお祈り申し上げます。
 深代さんは300号から「柳亭字余り」という雅号でした
が、それ以前は「花粉症」「卯の花」「紫陽花」などを使っ
ておりました。
 実は驚いたことに、私とは太田高校の同級生であったとい
うことを最近になって知りました。昭和20年代のことです。
その時代、太田高校には日本共産党の支部が(当時は太高細
胞と言っていた)ありました。現在の規約では18歳以上で
なければ入党できませんが、当時は年齢制限はありませんで
した。深代さんは共産党とは関係ありませんでしたが。
 昭和20年8月、終戦になり、占領軍が太田にも進駐して
きました。昭和27年サンフランシスコ平和条約及び日米安
保条約の締結により、米軍は占領軍から駐留軍と名を変えま
した。
 私は中学生の時、貧しい人たちや悩める人の手助けをした
いと思い、牧師になろうかと洗礼を受けました。そして高校
に入って友人の誘いもあって、うたごえサークルで仲間を増
やしたり、原爆展を開催したり、弁論部に入って活動する中
で、資本主義と言う機構のなかから、富める者と貧しい者と
が生み出されてくる仕組みを学ぶなかで、共産党に入党しま
した。
 深代さんの逝去の報と同級生だったと知って、想いが重な
りました。



戦跡遺跡 戦跡考古学という学問分野があります。全国各地の戦争遺
跡を調べ、学び、考古保存していこうというものです。戦後
67年、失われたものがほとんどですが、太田地域でも残っ
ているものもあります。
 西長岡にある八王子霊園の奥に中島飛行機の「地下工場」
跡があります。イオンの南側の芝生の中に「高射砲台座」、
生品飛行場跡にあるグライダーを止めた「コンクリート製の
台」が残っています。
 記念碑として残っているものに、大泉城の内公園に「 明
地蔵尊」、市民会館跡地に「平和記念母子像」、生品飛行場
跡地に「熊谷陸軍飛行学校新田教育隊陸鷲隊の地碑」、小金
井町内野霊園の「火葬場跡の碑」などがあります。
 工場は、中島飛行機太田製作所(富士重工群馬製作所)、
小泉製作所(工場)(三洋電機)、尾島工場(三菱電機)、
呑龍工場、生品工場(工業団地)、矢島工場(矢崎化工)、
小泉飛行場(モータープール)、生品飛行場(開拓村と言わ
れた市野倉)、吉沢には「反丸疎開工場」というのが山際に
ありました。
 そして、韮川小学校は太田病院の臨時病院として半分使わ
れ、また、防空監視硝が古墳の上に建てられていました。(
新井町稲荷塚公園)。太田駅北口にあった受楽寺は4月4日
の空襲で山門だけを残して全壊しました。現在は熊野町の山
に移転しています。




2013年
不発弾「馬の背」という小さな丘がありましたが、今はなくなって
群馬NECの工場地になっています。
 どうして小さな丘がなくなったかというと、第2次世界大
戦の末期、米軍の攻撃目標となった中島飛行機製作所の社宅
や独身寮の長屋がたくさんあり、それに三和工場(現在の矢
崎化工)、佐藤鉄工所(現在の南中学校)、古戸には遠藤隊
の守っていた高射砲陣地もありました。
 そのためB29から相当数の爆弾が落とされました。幸い、
阿部精米所(現在の高林郵便局)に落ちたたった1発だけが
爆発しただけで、あとは全部不発弾だったと記憶しています。
 なぜ不発弾だったのか、それは現在、高林東町集会所に隣
接する「御嶽神社のおかげである」と、当時言われていまし
た。
 その不発弾を掘り出して、「馬の背」の北側で爆発させて
きました。あまり数が多かったので、小さな丘がなくなって
しまったのです。ここは字(あざ)「天神」という地名で、
中世の「高林城」があり、「梶塚豊後守」という武将が守っ
ていた所だと言われていた所です。
 北側には「梶ケ谷戸」という低地があり、川をへだてた西
側には「三入(みにゅう)」という村落があります。

TPP 喜寿を迎えて、選択を迫られていることがあります。車に
いつまで乗るかということ、いつ車を買い替えるかというこ


とです。誰からも聞くことですが、太田に移り住んで感ずる
ことは、自家用車を持たないと大変不便だという意見です。
いままで、「高齢者講習会」を二度受けましたが、まだまだ
運転には自信があります。
 政府は2014年度の税制改革で、軽自動車税の増税を検
討していると言われています。現行では軽自動車税は年額7
200円(乗用)で、2万9500円以上かかる普通車の4
分の1以下に抑えられています。4月からの消費税増税に加
え、庶民にとっては大打撃になるのは明らかです。
 消費税の増税といい、高級車も庶民車も同列においた軽自
動車の増税といい、税制のあり方を所得や資産に応じて負担
するという「応能負担の原則」を破壊する政策は、大企業の
利益を代表するアメリカに主導されたTPPによって立案さ
れたものにほかなりません。TPPはアメリカのアジア太平
洋戦略の一部をなすもので、大企業中心の国際的ルールをつ
くろうとするもので、本来の意味での貿易協定ではありませ
ん。他国の国内法の変更まで求めるものであり、内政干渉も
はなはだしいものです。


                      完


トップページへ