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四国八十八ヶ所巡り

(第1番札所 ~ 第10番札所)
平成20年8月8日
第1番札所 霊山寺
 徳島空港に着陸して、夏の暑い大地を踏みしめました。外に出、先ずは「レンタカー」を借りなければと思い、探しましたら 直ぐに見つかりました。早速、手続きをし、今日の予定は10番札所迄でしたので、直ぐに出発。「カーナビ」の案内で1番札所へ向かいました。1番札所の霊山寺で巡礼の衣装をまとい太子堂に行き、般若心経を納経し 「南無大師遍照金剛」を7回唱えながら、これからの八十八ヶ所巡りの 安全を祈願しました。 山門前にて習いたてのカメラをとりだして、写真1枚撮りました。
 なお、四国八十八ヶ所の寺院の情報は「四国八十八ヶ所霊場会のHP」を参考に記載しています。

霊山寺・仁王門前で写す


第2番札所 極楽寺
 行基菩薩の開基と伝えられているが、弘仁6年(815)、42歳の弘法大師がこの地で三七日間『阿弥陀経』を読誦し、修法された。その結願の日に、阿弥陀如来が出現したので、大師はその姿を彫造して本尊とされた。

極楽寺・仁王門


第3番札所 金泉寺
 聖武天皇(在位724〜49)の勅願により行基菩薩が寺塔を建立し、「金光明寺」と命名されたと伝えられる。

金泉寺・仁王門前で


第4番札所 大日寺
 弘法大師が42歳にあたる弘仁6年(815)、この地に長く留まり修行していたとき、大日如来を感得され大日如来像を彫造したという。それを本尊として創建したお寺がこの大日寺と伝えられる。

大日寺・山門


第5番札所 地蔵寺
 嵯峨天皇(在位809〜23)の勅願により、弘仁12年弘法大師が開創された。なお、勝軍地蔵菩薩の信仰からか、源頼朝、義経をはじめ、蜂須賀家などの武将たちが多くの寄進をしている。

地蔵寺・仁王門前で


第6番札所 安楽寺
 安楽寺は弘法大師によって温泉湯治の利益が伝えられた旧跡で、山号は温泉山という。桃山時代に阿波藩祖・蜂須賀家政公が「駅路寺」と定め、四国遍路や旅人の宿泊、茶湯接待の施設を置いた伝えられている。

安楽寺・山門


第7番札所 十楽寺
 大同年間に弘法大師がこの地を巡教して逗留されたときに阿弥陀如来を感得し、如来像を刻んだのが本尊として祀られたと伝えられている。なお、本堂左前にある「治眼疾目救済地蔵尊」は古くから眼病、失明した人たちの治療に霊験があるとされ、眼病に悩むお遍路さんの参詣も多いという。

十楽寺・山門前で


第8番札所 熊谷寺
 四国八十八霊場のなかで最大級の仁王門を構えるお寺。縁起によると弘仁6年、弘法大師がこの地の閼於ヶ谷で修行をされていたとき、紀州の熊野権現があらわれ「末世の衆生を永く済度せよ」と告げられ、5.5センチほどの金の観世音菩薩像を授け、虚空はるかに去っていったという。

熊谷寺・仁王門


第9番札所 法輪寺
 古くは「白蛇山法林寺」と称され、現在の地より北4キロほど山間の「法地ヶ渓」にあって、壮大な伽藍を誇っていたと伝えられる。その礎石や焼土がのこっており、これは天正10年(1582)の戦乱のさいに長宗我部元親による兵火で焼失した遺跡である。

法輪寺・山門


第10番札所 切幡寺
 切幡山の中腹、標高155メートルに境内がある。国指定重要文化財である大塔からの眺望はすばらしく、眼下には吉野川がゆったりと流れ、前方には四国山脈の雄大な山々が連なる。なお、大塔は初重と二重の間が方形で、日本唯一の構造様式であり、豊臣秀頼が秀吉の菩提を弔うため建立したという。

切幡寺・仁王門前で


第1番札所~第10番札所のスライドショー


(第11番札所 ~ 第20番札所)
(第21番札所 ~ 第30番札所)
(第31番札所 ~ 第40番札所)
(第41番札所 ~ 第50番札所)
(第51番札所 ~ 第60番札所)
(第61番札所 ~ 第70番札所)
(第71番札所 ~ 第80番札所)
(第81番札所 ~ 第88番札所)


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